この映画、ご存じでしょうか。

ん?どういう状況?と思わせるこのジャケット写真。
縞模様の服を着た丸刈りの少年と、整った髪に仕立てのよさそうな服装の少年が腰をおろして会話をしている様子が描かれている。
ボール遊びのお誘い?…だがよく見ると、ふたりの間は張り巡らされた有刺鉄線の囲いで隔たれている。
「ミスト」や「ダンサーインザダーク」と並んで、俗にいう‘’胸糞映画‘’(後味最悪、辛すぎ映画の意)の話題ではかならず名前が挙がるこの作品。
かわいらしいタイトルなのに胸糞映画?ってのが余計に不気味で…嫌な予感を抱きながら観はじめたが、案の定、観たあと数日間は映画に描かれていないラストシーンの「その後」についてあれこれ思いを巡らせることになった。
でもそう、この「思いを巡らせる」をさせることこそが、この映画の狙いでありメッセージなのだととらえた。
ただの「胸糞映画」で片づけられない、片づけてはいけない、悲劇を通じて考えさせられる作品。
自分なりの感想を備忘録として書きました。
目次
1.『縞模様のパジャマの少年』はどんな映画?(ネタバレなし)
この作品は、アイルランドの作家ジョン・ボイン氏が2006年に出版した小説を原作に、イギリス・アメリカ合作で映画化し2008年に公開。残酷なシーンも性的な描写もないのに、ショッキングなラスト10分間のおかげでPG-12指定。日本では2008年に岩波書店より出版され、2009年に映画公開。
書籍は中古しか見つからなかったが、こちらは純粋に物語として読んでも面白い。
刊行当時から話題作で30国以上で出版されているらしい。
(余談だが、「パジャマ」のイギリス英語でのスペルは“Pyjamas“なんですね)
ストーリーは映画版と同じなのでかなり衝撃的な結末ではあるが、ぜひ子どもにも読んで欲しいと思う。読書感想の自由図書にも大変おすすめ。
戦争は「反対していれば逃れられる」ものではなく「巻き込まれるもの」であることが現実化しつつある今こそ手に取って欲しい作品。
1-1.映画の\ちょっとだけ/あらすじ
舞台は第二次世界大戦下のドイツ。ベルリンで家族と何不自由なく暮らしていた8歳のブルーノは、ナチスの将校である父親の昇進にともない、殺風景なポーランド郊外へ家族で引っ越すことになる。
新たな住まいとなった大きな屋敷の子ども部屋からは、家の裏にある少し異様な施設の様子を見ることができた。純粋無垢なブルーノはその施設を‘’農場‘’と勘違いし、そう呼ぶようになる。そして不思議なことに、そこで過ごす人々はみな昼なのに「パジャマ」で過ごしている…と。
引っ越しにより遊び友達がいなくなったブルーノは、友達をつくりに’農場‘’に遊びに行きたがるようになるが、父親に固く禁じられる。だが、学校にも通えず家の中だけで過ごすブルーノは、退屈な毎日に不満をつのらせていく。
そしてある日、ついに外への好奇心が抑えきれなくなり、大人たちの目を盗んでその場所に向かってしまう。
その禁じられた冒険が、ある少年との出会いが、ブルーノのその先の運命を大きく変えることになる。
1-2.どこで観られる?
\ Amazon Prime Video からレンタル、購入が可能です。 /

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2.考察🔎『縞模様のパジャマの少年』の疑問点(ネタバレあり)
この先は映画の内容のネタバレをふくみます。
ぜひ初回は、主人公ブルーノと同じく予備知識なしで観てほしい。
この先は映画をご覧になった後にお読みいただけると幸いです。
2-1.映画の時代背景、舞台は?
この映画の時代背景は第二次世界大戦中(1940年代)で、舞台はナチス・ドイツ占領下のポーランドである。
映画では「アウト・ヴィズ」と呼ばれているが、アウシュヴィッツのユダヤ人強制収容所がモデルになっている。
強制収容所とは、ナチスによって政治犯やユダヤ人などが裁判なしで強制的に収容され、過酷な強制労働や大量虐殺(ホロコースト)が行われていた施設である。1941~1945年にかけてポーランド南部に建設された、この「アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所」はもっとも有名であり、ナチスはそこで約150万人を殺害したといわれている。
戦争によって国家が極限状態に陥り、「正義」や「善悪」より「生存」や「現実」が優先された時代の“残虐行為の象徴“として特別な位置に置かれているホロコースト。
遠い昔の、もう二度と起こらない、私たちには完全に関係のない話…と、はたして言い切れるのか。
2-2.この映画は実話なのか
『縞模様のパジャマの少年』は実話ではありません。
歴史的事実を背景にしているが、完全なフィクション(作り話)である。
それどころか、あまりにも現実的ではなく、この映画のラストシーンのような出来事はホロコースト時代のどこの収容所でもありえなかったらしい。
そのためユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのホロコースト教育センターが、この物語をホロコースト教育につかうべきではないと注意喚起しているほど。
2-3.事実とのちがい
なにがそんなに事実と違うかというと…
① 実際のアウシュヴィッツ収容所は非常に厳重な警備体制が敷かれており、外部の人間と囚人が自由に会話することはありえない。
これは確かに思いました。チェスやっててもバレないなら逃げられそうじゃない?と。
➁ シュムールが、わりと元気そうに暮らしている。
実際は老人、女性、子どもは過酷な労働に耐えられないとみなされ、真っ先にガス室送りになっていたよう。
③ ブルーノが鉄条網の下をくぐって収容所内に入る。
アウシュヴィッツ強制収容所の周囲を取り囲んでいた鉄条網には約6000v以上の直流高圧電流が流されていたそう。それは下を掘ったところで怖くてくぐれないし、隙間から握手もできない。
このフェンス、過酷な状況に絶望した収容者が自ら触れて命を絶つ手段として使われていたそう。
とまあ、あれこれ指摘されている映画なわけですが、実話じゃないなら真に受ける必要はないかというとそれは違う。冒頭にも書いたが「絶対に起こりえないこと」が仮にもし起きたら?というところが、この物語の主要なメッセージだと思っている。
完全な勝者から敗者へ。傍観者から当事者へ。支配する者からされる者へ。
2-4.ブルーノは無垢…というより無知?
強制収容所を“農場”と勘違いしたり、囚人服を“パジャマ”だと思い込んだり。
物語が進むにつれ、シュムールの様子から収容所の生活が伺い知れるような場面があってもなお、深く考えたりはせず、農場の中で楽しく暮らしていると信じて疑わないブルーノ少年。
いくら親が仕事の残虐な実態を意図的に隠していたからといって、そして8歳だからといって、いくらなんでも無知で鈍感すぎないか?と思った人もいるのではないだろうか。
私も、意気揚々と囚人服に着替えるブルーノ少年の様子に嫌な予感MAX、心の中で「なに着替えちゃってんだ〇カ!」と思いました。正直なところ。
結果的にブルーノのそんな無知さと鈍感さが、あのラストの悲劇にたどり着くのに不可欠な要素だったことになる。
一方で、お人形遊びが大好きだった姉のグレーテルは、ブルーノと同じ境遇で同じ時を過ごしながら、大人への階段を急速に駆け上がっていく。
コトラー中尉を意識して大人びた行動をとってみたり、家庭教師のリスト先生からナチス・ドイツ優生学の偏った教育をうけ、次第に洗脳されていき、それが「大人になること」と認識している。無意識に選民思想を漏らすようになり、ごりごりのナチス思想信仰者へと変貌を果たす…。
母のエルサが、ナチスに傾倒していくグレーテルの姿に困惑する描写がある。
エルサは同じ時期に、夫ラルフの仕事の内容や、時おり収容所から空へ上がる黒い煙の正体を知り、徐々に精神に異常をきたし始める。
そんなエルサの目に、純真無垢で何ものにも染まらないブルーノ少年が、どれだけ愛おしく守りたい存在として映ったのか。「透き通った水に色水を落として濁らせたくない」そんな気持ちが、“農場”に近づいてはいけない本当の理由を説明する機会を遠ざけたのではないだろうか。
「いつまでも純粋な子どものままでいて欲しい」「大人の汚れた世界を知って欲しくない」そんな親のエゴ…とまでいいたくはないが、自己主張と他社尊重のバランスの不均衡によって、子どもが知識のないまま社会にでて取り返しのつかない危険にさらされてしまうという、もう本当に深すぎるメッセージ。
2-5.シャワー室にいた老人は誰?
映画のラスト、ひしめきあう囚人のなかに、少年二人に対してギョッとした表情をみせる老人がいたのに気付いただろうか。(アマプラなら48時間内は視聴し放題なので観なおしてみよう)
屋敷の手伝いに来ていた時と違って生まれたままの姿になっているので確信はもてないが、あれは元医者のパヴェルであると推測される。
けがをしたブルーノに手当てをし、それを咎められるどころかお礼の言葉をかけてもらえたあの一連の出来事は、おそらくパヴェルの心中においても心温まる出来事だったにちがいない。
その後日コトラー中尉にボコられたりもするが、あの屋敷のエルサとブルーノの存在だけは特別なものであったであろう…のに、なんでここにーーーっ!!の表情が一瞬だけ映し出される。
この映画が胸糞映画でなければきっと、パヴェルの活躍でぎりぎり脱出!…となったであろうに、残念ながらそんな展開はなくちゃんと胸糞映画でした…。
絶望しかない日々の中でパヴェルが手にしたささやかな幸せな思い出さえも、最後にしっかりと叩き潰す。すがすがしいほど胸糞。
3.感想&私なりの解釈
ブルーノがフェンスの横で服をぬいで囚人服に着替えたとき「あ…シュムールがブルーノの服を着て逃げるのでは…」と予想した私は、胸糞映画以上の胸糞人間かもしれない。
実際は、なにも知らない少年二人は何も理解していないまま収容所のシャワー室で命を落とすこととなる。きっと実際もこんな風に、誰がシャワー室に入ったかを確認することもなく、不用品を処理するかのように大量虐殺が行われていたのだろうなと想像してしばらく放心してしまった。
そこで私は思ってしまった。シュムールは友達と手を握り合って死ねて幸せだったな、と。
かつてユダヤ人があらぬ迫害を受け大量に殺害されていたということは知識として知っている。それに対して、ひどい…あんまりだな…とは感じていたが、そこにブルーノという、本来ならその対象にならないはずの存在が巻き込まれたことで、恐怖や絶望はいっきに何倍にも膨れ上がり悲劇になるという不思議。シュムールの死は驚かず受け入れ、ブルーノの死には強烈な喪失感を覚える自分に気付く。
差別はいけないと言いながら無意識に「シュムール=犠牲になる側」「ブルーノ=守られる側」として見ていた。
人は結局、自分の身に起きないと思っていることには本当の意味での恐怖は感じないのだろう。
何百万人という数字より、自分に近い一人の少年の物語に心を動かされてしまうという想像力の限界。
ナチスがひどい
戦争は人を狂わせる
恐ろしい時代だった
「だから悲しいね」という感想で終わることもできるかも知れないが、この作品はそれを許さない。
‘’他人の悲劇を本当に自分のこととして感じられているか?という問い‘’
そこに気付くと‘’胸糞の悪さ‘’が物語の外まで広がり、自分の心にまでしみこんでくる。
何の罪もない少年が二人、毒ガスで殺害された。
差別はいけないと言いながら無意識に「シュムール=犠牲になる側」「ブルーノ=守られる側」として線引きしている。そしてこの物語をシュムール側の目線から見る人間はほぼいない。
“胸糞映画”といわれるけれど、それは自分の潜在的な偏見がもたらしたものではないのか。
見た人の心の中にある無意識の境界線をこっそり検査してくるこの作品。
本当に胸糞悪いのは…だあれ?
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